過剰な付加価値を付けているひとは嫌いだ


 

Voda 07

 

野性味あふれるパワーは必要だけど

 

たったひとりで、無人島で生きることができないのが人間の虚しさ。

どれだけいきがっていても、生きてる意味をひとは知りたいのだから、そこに必要性がないとわかれば、生きる希望をなくします。

必要とされるから、生きたい。

好きなひと、好きなことがやりたいから、単純に生きたい。

たしかに、現代サバイバル社会では、それなりに立ち振舞えるひとではないと、生きるのに疲れてしまいます。

たとえば大昔、殺しあってサバイバル生活していたひとたちは、真の生きる意味を身体で得とくしていた。

それは、本能に正直だったから……。

狩りも、火をおこすことも、生きるために必要だったから、シンプルにそうして生きていた。

現代は、なにかにつけて金銭的欲求ばかりを要求しないと、生きてはいけない世の中でもあります。そんなのいまに始まったことでもないですけどね。

 

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なんだかな? その付加価値自慢とやらは

 

わたしの嫌いなのは、やたら自分に「付加価値」をもれなく付けているひとは、大嫌いです。

そんなのまぐれで、成功したひとがほとんどだからでもあります。

努力して、成功したひともたくさん存在しますが、タイミングも運も時代も、どれかが欠けているとまず無理です。

ある程度、訓練されていたとしても、この広い世の中で長く生き残るのは容易ではありませんから。

成功と転落を味わっているひとが好きだし、成功から転落していくひとは無限大に存在します。

そのときに、無人島だと再出発したいとおもわないかもしれない。

だけど、そばに誰か黙っていてくれると、もう一度、自分は頑張ろとする。

 

そんな単純な生きものですよ、人間なんて。

 

無理に付加価値を付けているひとは、これからも確実に好きになれません。

 

威勢のいいのはいいけど、暴力的な人間は好きになれないし、絶対に関わることもない。

ひとの足もとを見るひとが、歳を重ねれば多くなるのは容赦なくやってきますけど、いまの日本人でも責任逃れをする若者から高齢者まで、閉塞感がただようようになってから増えたのは事実ですよ。ほんとうにそうです。

間違いありません。

なんか、資本主義はいまの日本人には、しっくりきてないんじゃないですか。

いまでも、わたしレベルの人間が感じるんだから、これから人口が自然に減少するだけで、資本主義に合わない日本人は確実に増えます。

そんな時代だけど、腐らずにサバイバルできるひとが、生き残ることができます。

 

まぁ、紙一重ですけどね。

 

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