過ちを犯すのが人。いつまでも悔やむべきではない


 

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過ちはあとで気づくものである

 

ほぼ、この地球上で生息している、生きとし生けるものは「過ちを犯します」。

本能的に犯罪を犯すひともいるのが世間です。普段のわたしたちは、そりゃもう失言ばかりです。

おとなしい大人の振る舞いができるひとはいます。

そのひとは、ほんとうに人間が出来ているのでしょう。わたしは、まだ神の領域のひとにはあったことはないです。

死ぬまでに、ひとりくらい出逢いたいものです。難しいですけどね。

失敗と過ちは違うタイプの事柄です。

失敗は、それこそ相手に負けたとか、自分のおもうようにビジネスが進まなかったし、最後には結果がでなかっと言うその手のたぐいのものです。

過ちは、嫌いなひとのことの事情も知らなくて、陰口を吐いてしまったとかそう言うものです。嫌いなひとは、その日は実は病気だったとかなど……。

いかんせん、それは嫌いなひとの事情を、たまたま知らなかっただけなので、「次はそんなことは言わないでおこう」とすれば、すんなりすむ話しです。

過ちの響きが、わたしたちをそうさせているのであって、相手に噛み付いたとかでなければ、それほど問題ではないです。修正が効くものですから。

なにが、過ちを犯したときに悪いかと言えば、それを自分自身が必要以上に悔やむことです。

 

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若い時は過ちさえも理解できない

 

それは、若いうちはできなけど、30歳をすぎればできるようになります。10〜20代のときは、自分が正義だとおもっている傾向があるからでもあります。

中高年になっても治らないひとは、基本、治らないないので、そう言うひととは必要なときだけ関わりましょう。

相手にしても、あなたの持っている感覚と、年齢の離れているひとの感覚では違いますからね。世の中そんなもんです。

わたしたち日本人は、特に「空気を読む」ことが当たり前の風潮になってきました。

特にいつからかは憶えてないです。時代は変わったとだけしか言えないです。

周りの空気を読むのも見ていて限度があるにはあります。だけど、未来の日本はもっとその風潮があからさまになります。

しょうがないんですよね。だから、ハッキリ言う有名人は需要があるのだとおもいます。テレビ局の偏ったところを読めるひとであればですが。

情報チャネルが多い、いまの世の中で中々、知らなくてもいい情報もはいってくるのが、いまの情報化社会です。

これからは、すごく一般的になる時代では、誰でも「過ちを犯す」でしょう。

だけど、そんなときは自分を責めるのではなく、犯した過去の「過ち」を違うパワーに置き換えて、ちゃんとして大人になっていくことが大切です。

 

Normal

 

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