永遠に完成できないものがイノベーションである


 

完成しない形が延々と続くのが当然の結果

 

いま、すぐに結果がでる方が生活のためになるし、あわよくば老後に余裕もできます。

生きていくためには、働かなくてはいけませんからね。

よく感じるのは結構、世の中のモノは完成していません。不思議ですけど…。

人間なんて、その典型的な生きものです。一生をかけても、完全無欠の「ひと」や「モノ」は周辺を見渡してもないではありませんか。

東京オリンピックのエンブレム問題も、もめに揉めましたけど、始めからシンプルさを追求していれば、あんなにゴテません。

個人的には、新しいモノが好きだし、デザインのこっているモノが好きです。

だけど、最後にはシンプルに行きつきます。

日本では、ファストファッションがデフレと呼ばれだした時期から、妙に流行りました。いま現在もその傾向は続いています。

iPhoneを見ていても、ただ単純に、そしてシンプルにするには結構な犠牲が伴います。

基本そこまで、なんでも「単純」にはできてないし、そう簡単なものではないです。

わたしたちは、とにもかくにも完成形を見たがる習性があります。

たしかに高額な商品を買うときほど、完成されたモノを望むのが我々、消費者の心理ですからね。当たり前と言えば、当たり前です。

 

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実は私たちの人生がイノベーションである

 

だけど、完成したらどんなに優れた製品でも、芸術品でも、そこで終わってしまいます。

完成したら、ひとは捨てる傾向があるし、すぐに飽きて次の新作を求めるんですから、いったいイノベーションとはどんなものなのかなぁ?

Amazonで、わたしたちがなぜ購入意欲を刺激されるかと言えば、遠い国のモノを求める傾向があります。

アマゾンプライムは、たしかに我々、消費者の心を満たしてくれるし、かゆいところに手が届くサービスです。スマートフォンも同じでしょう。

これらは歴史的に見ても、まだ日も浅いものばかりです。

だけど、このどれを取っても「完成」されたものばかりではないです。

また新しくわたしたち消費者は、いつもイノベーションを求めているし中々、完成だとは認めません。そこがいいのかもしれないですが……。

それじゃ、わたしたちの人生観も満足してはいけないと同時に、同じことの繰り返しの単調な生活であっても完成はしていないと言うことになります。

 

だから、わたしたちは多国籍企業とは、逆に地味なものだし、地道な生きものなので、完成形をもとめれば求めるほど哀しい人生が待っていると言うことになります。

 

もしや、わたしたちは「完成」しないことを求めているのかもしれませんね……。

 

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