中途半端にやるから依存だと判断される


 

結果よりもトコトン突き詰める事が大事

ゲームも、テレビも、インターネットも、それはやり過ぎると問題になります。

ただ、ほとんどのひとが中途半端にしてしまうから、「依存症」だとレッテル貼りをされてしまいます。

現在、喫煙はどうにもならないくらい悪党扱いされていますが、アルコールはどうでしょう。

決まって日本人が言う決めゼリフは、いつか「飲みに行きましょう」が多用されまくっています。

喫煙でも、全員が死ぬわけでもないです。

病気になる確立が多いと言うだけの単純な理由ばかりです。

それこそアルコールを飲むひとたちは、意味もなくケンカをしたり、ときには乱暴な振る舞いをしたりします。

だから、わたしはアルコールが好きにはなれません。

飲まなくても生きていけますよ。あんなクソ苦い飲みもの。

いまは、映画・テレビでも喫煙シーンはほぼ消滅したと言っても過言ではありません。

だけど、アルコールを飲むシーンは山ほど存在します。

わたしだったら、コーラーを飲む方がキレが良くなります。

ロシアのように、死ぬほど寒い地方のひとがアルコールに依存しています。

多分、理由は寒すぎてすることがないから……。

世間では、アルコールを飲めるひとを褒めるますが、果たしてそのくだらない風潮はいかがなものなんですかね。

わたしには理解できません。

 

そこに生産性があるかどうかだけの問題

 

喫煙、アルコールの話しは言い出すと、この人類のひとが狂ってしまうくらい、キリがない話しになる不動の産物なので言っても仕方ないです。

それよりも重要なのは、ゲーム、テレビ、インターネットに中途半端に依存するのは良くないことです。

これらも人間を軽く依存させてしまう、最高の産物に成長してしまったので、それこそこれらに「生産性」が伴えば逆に世間から褒められるます。

テレビは時間泥棒ですけど、ゲーム、インターネットは稼ぐことができます。

まぁ、そう簡単な話しではないですけどね。

みんながみんな成功できるわけではないです。

だけど、家に返ってただビールを飲みながら、時間を過ごしても生産性はまったくありません。

ただ、視聴率とアルコール会社が儲かるだけです。

だけど考え方を変えてみると、ゲーム、インターネットはなにかを産み出すことができるツールです。

問題は、みんなトコトンそれを突き詰めないだけの話しです。

依存症は中途半端な状態だけど、ひとつのことに「没頭する」ことは、案外あなたの将来のためになるツールだと一度、真剣に考えてもいいかもしれません。

 

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